f.梵天勧請

 原始仏典(上座部経典)の一つの「長部経典」には長文の34の経典が編纂されており、その内の3つの経典に釈尊の前世に関わる仏説があります。

(長部経典 第五経「究羅檀頭経」)*1
抜粋概要
・昔々マハーヴィジタ王の頃にバラモンの宮廷僧がおりました。
・彼は牛、山羊、豚、鶏も殺さず、樹木、草も切らず、油、バター、乳、蜜だけで完全な祭式を行いました。
・死後は天界に生まれ変わりました。

(第十九経「典尊経」)*2
抜粋概要
・昔々レーヌ王の頃にマハーゴーヴィンダという名のバラモン宮廷司祭官がおりました。
・彼は出家し数千人が後を追って出家しました。
・弟子達の中で教えを完全に理解した者たちは死後は梵天の世界に生まれました。

(第十七経「大善見王経」)*2
抜粋概要
・昔々マハースダッサナ王がおりまして、死後は梵天の世界に生まれました。
・この生まれ変わりの話を釈尊から聞いたアーナンダ尊者は「マハースダッサナ王は釈尊とは別の人だろう」と思いました。
・釈尊曰く「私がその時のマハースダッサナ王であった。」と。

 以上、釈尊はこれまで六回肉体を去ったとのことで(七回目は釈迦)、その内の三回の前世は長部経典に詳しく説かれております。もし輪廻が誘引方便であったならば、ここまで詳しく実名で説かれる必要があったのかは甚だ疑問です。

 更に仏教徒にはよく知られている「梵天勧請」は長部経典第十四経「大本経」が原点だと思います。

(第十四経「大本経」)*2
抜粋概要
・過去六仏(七番目はゴータマ仏)について過去世を想起して釈尊は説かれた。
・最初の仏はヴィパッシン仏で、縁起を悟って成道する。
・しかし彼は「他の人は理解せず、私の疲労となろう」と伝道の意欲は持たない方に傾いた。
・すると彼の心を読んで、大梵天の中の一方がヴィパッシン仏の前に現れて「生き物の中には塵埃が少ない者もおり、教えを理解するでしょう。」と。 
注)大梵天は複数(多神)
・そこでヴィパッシン仏は天眼にて世界を観察し、初転法輪(最初の説法)の相手を見つけて伝道を開始

 仏教徒の多くは「梵天勧請」といって、仏よりも梵天(最高神)を格下に見ますが、「大本経」からは仏陀でも心変わりさせた大梵天の人類愛(慈悲)を強く観じる次第です。
 また第十七経「大善見王経」からも釈尊は死後に梵天界に往かれましたので『元梵天』であり、仲間の『梵天』が『元梵天』の背中を押したというように上座部の文献上は読めます。

*1 「原始仏典〈第1巻〉長部経典Ⅰ 」中村元監修、春秋社、7,500円
*2 「原始仏典〈第2巻〉長部経典Ⅱ 」中村元監修、春秋社、6,500円